コロナ禍の大学オケ、指揮者の苦悩

ちょっとニッチな話になりますが、表にはなかなか出てこない苦しみを綴りたいと思います。タイトルの通り、私が書くことができるのは指揮者という職業についてのみとはいえ、ここで書くことは、大学オケに関わるソリストやゲストプレイヤーにも当てはまることかもしれません。

まずは以前に書いた「大学オーケストラの危機」という記事をご参照いただきたいのですが、大学のオーケストラというのは、部活であれサークルであれ、大体は

・年に一回か二回程度の定期演奏会を開催。
→そのために約1年間ないしは半年をかけて、同じ曲を練習し続ける。

・「代替わり」というシステム。団の運営は2年生か3年生が担うことが多い。
→卒業や就職によってメンバーは常に入れ替わる。進学進級によって団へのコミット具合が都度変わってくる。同じメンバーでの演奏および運営は二度とない。毎年の幹部代が選曲して運営するため、代が変わると演奏曲も変わる。

という仕組みになっているわけで、これがプロフェッショナル団体や社会人アマチュア団体と大きく異なるところだと思います。

この仕組みゆえ、甲子園での高校野球のように、「一期一会」の想いが特別にこもった感動的な演奏に至るのですが、一方で、外部の指導者である指揮者が万が一感染して演奏会が「中止」になってしまうと、学生たちの1年間の頑張りと一度きりの機会を無に帰してしまうことになります。

中止にしないとしても、ほかのプロの指揮者を急遽立てることは予算的にもスケジュール的にも難航するはずです。都心の巨大な大学オケならば、プロの指揮者の代役をうまく立てることができるかもしれません。ただ、その幹部代が選んだ指揮者と長い時間を共にし一緒に練習することでしか生まれない信頼関係が溢れてくるところが大学オケの魅力の一つでもあると思いますので、代役を立てたとしてもそれで万事解決ということにはならないでしょう。

団内の学生指揮者さんが頑張って本番を指揮するという手も考えられます。ところが、学生指揮者さんというのは大体は幹部代の学生さんで、しかも団員数が限られている団体だと、オーケストラの各楽器のトップ(orトップサイド)奏者も兼任していることが多いため、学生指揮者が指揮することになれば演奏面での穴や不安が生じます。

じゃあ、といってトップを急遽入れ替えたり、管楽器の1st奏者を急遽立てたりすることは出来ないわけではないですが、これまた団員数が限られており、経験者が少ない学生オケの場合は至難になります。外部からプロ奏者を呼ぶにしても、都心からのアクセスがあまり良くない地域においてはスケジュールや予算の問題が生じますし、このような状況では他県から外部指導者を呼ぶということ自体への抵抗も予想されます。

しかも大学オケは本番直前で一気に伸びるものなので、本番一ヶ月前ぐらいからの練習は特に穴を開けるわけにはいかない。そういったことを含めて考えていくと、大学オーケストラの指揮の依頼を受けた指揮者は(もちろんどんなオーケストラでもどんな機会でも感染しないに越したことはないのですが)演奏会本番の二ヶ月前ぐらいからは絶対に感染してはならないことになり、二ヶ月のあいだ会食や移動をできる限り控えてリスクを最小化し、安全面に万全を尽くすことになります。

今シーズン、私は九州大学芸術工学部フィルハーモニー管弦楽団(2021年5月 30日予定が7月17日に延期)と福井大学フィルハーモニー管弦楽団(2022年1月23日)の指揮者をつとめました。したがって、上記のような思考から、2021年4月-7月、2021年12月-2022年1月の合計約5ヶ月にわたって、特別に慎重に生活せざるを得ず、そのプレッシャーは相当なものがありました。

この時期は公共交通機関もできる限り使用を避けましたし、気心の知れた方ですらお食事のお誘いをお断りすることが多く、ましてや学生たちのお誘いは、上記の期間は少人数であっても感染状況が落ち着いていても、ほぼ全てお断りしたと思います。

もしかしたら急に付き合いが悪くなったなと思われてしまったかもしれません。どうかその辺りはご容赦ください。これほど長い期間を慎重に過ごすのはとっても苦しいもので、そこまでやっても、万が一自分がここで感染してしまったら学生たちの1年間の頑張りが崩れてしまう…と考えると夜中眠れなくなることも度々でした。きっと、他の多くの指導者の方々も同じ想いを抱えていらっしゃることと推察します。学生たちの1年間、それは、学生生活最大の思い出といっても言い過ぎではないはずですから。

とにかく、学生たちの頑張りゆえ、自分が関わらせていただいた両団体とも、この情勢下でも演奏会を開催することができて本当によかった。2年連続の中止は絶対に避けたかったので、皆さんの頑張りが無にならないよう、なんとか役目を果たせたことに今はただただほっとしています。

オミクロン株による感染拡大が落ち着くまでまだまだ厳しい状況が続きそうです。学生も、指導者も、このなかで演奏会を開催するために、表には出てこない壮絶な苦労と負担をしていることと思います。どうか一つでも多くの団体が、予定通り定期演奏会を開催できることを願ってやみません。

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