音楽を取り戻すために/劇場を序曲と舞曲でいっぱいに!

前の記事で奏者側の安全の話をしたので、次はお客様側の安全を踏まえたアイデアを書きます。ところで、いまだにわからないのは、電車と劇場で適用されるルールが全く異なるということ。

日常を維持するためのインフラとして公共交通機関が特別に重要なのはわかる。しかし少なくとも満員電車がソーシャルディスタンス概念に適応しているとは到底思えないし、ここにはもっと工夫がされて然るべきだろう。せめて座席数以上は乗せないとか、車内に配した●とか□の立ち位置以上は乗せない、とか…。そんなことをするといろんな支障が出るのはわかっているけど、満員電車(とくに東京!)を解消するにはそれぐらいラディカルにやらないと変わらないだろうし、リモートワークや時差出勤だって一過性のものになってしまうだろう。他を工夫しても電車がこれじゃあ…と違和感はどうしても募る。

一方で劇場。ソーシャル・ディスタンスを真面目に適用すると、客席に入れられるのは全客席数の20パーセント〜50パーセントぐらいになる。(幅があるのは客席のレイアウトや概念の適用の仕方が各所で異なるため)仮に真ん中をとって35パーセントとして、これが最大定員では興行として到底成立しないのは明らかだ。でも劇場はそれをやろうとし始めている。知り合いのホール支配人さんからの話を聞くたび、その途方もない努力に泣けてくる。

しかしどんなに対策をしても、劇場へ向かうとき・終わったあとの電車が満員なら台無しになる。しかも平日の公演に向かう電車は往々にして帰宅ラッシュと重なる。公演時間を変更するのは一案かもしれないが、根本的解決にはなるまい。(ポルトガルのように21時開演にするのは、現地にいるときにはいいなと思ったけれど、日本でやるには色々と文化が違いすぎて現実的でない。せめて19:30か20時開演が精一杯だろう)ともあれ、それぞれの領域で不安要素をできる限り解決していくことを重ねるしかない。

何が良くて何がだめなのかというルールに「価値」の問題を持ち込むと、際限ない議論になる。仕事と余暇、電車と劇場、劇場と美術館では、どちらが価値があるか。こういうことを議論してしまっては、何が不要不急なのか、何が人間にとって必要なのか、そもそも人間とは何なのか、ということにまで行き着く。

ともかく今はひとつ変数を減らそう。そして、劇場まで/劇場からの移動やホワイエ、休憩時間などの動きは一度考慮しないことで、事態を単純にしよう。つまり電車の車内と劇場のホール内で比較する、ということ。

そのときに何が問題となっているのか。「価値」の問題を据え置いたとき、満員電車と満員の劇場にどのような危険性の違いがあるか?それを考えたいのだ。第一に、満員電車より満員の劇場はゆとりがある。これは詳しく書くまでもない。第二に、満員電車同様、満員の客席でも演奏中は特に会話がなされるわけではない。開演前の会話が懸念されるようなら、開演まであまり時間を作らず客席に順次誘導すればいい。特にクラシックのコンサートの場合は演奏中も静寂が前提になっているから、ホール内部での会話による飛沫の影響は極めて限定的だろう。では何が問題?

ただちに指摘されるのは「換気」の問題だろう。電車は窓をあければいい。でも劇場はそうはいかない。しかも長い時間同じ空間にずっといることになる。それはそうだ。本質的に、音響と換気の問題は同居しづらい。ましてや換気に伴う外音や、湿度・気温の大きな変化は演奏にとって致命傷となる。つまり、たくさんの人が一箇所に介した際に、空気中に漂っている(であろう)見えないフヨフヨとしたものが懸念されている。換気がない限りその不安は払拭できない。でも、もしこの「換気」が、劇場が危険とされる問題の根本のひとつになっているならば、解消の仕様はいくらでもある。飛行機でも「この機内の空気は3分ごとに最新のものに入れ替わっている」というアナウンスが最近なされるように、「密閉空間ではない」「換気がなされている」ということが、安全性を確保するうえで有効であることは間違いない。

では、換気のいい劇場はどのように成されるか?僕のアイデアはこれだ。ラフに書いてみる。(※以前書いたように、想定しているのはオーケストラ公演。奏者側は感染していないことを明らかにできる環境を整えたうえで従来配置での演奏にこだわる。これについては前記事を参照

 

ニュー・ノーマルコンサート ー 音楽を取り戻すために/劇場を序曲と舞曲でいっぱいに!

<前提>
1.興行としての演奏会に堪えるものを考える。
2.奏者も客席も従来通りの着席方法を前提とする。
3.少なくとも「ホール内」にはソーシャル・ディスタンス概念を出来る限り持ち込まない。入退場や受付などホール外については別)
4.音楽のクオリティ、感動をお届けするための要素は削らず、それ以外を工夫する。
5.前半後半といった概念、および休憩は無し。45分-50分ぐらいの公演を最大とする。必要に応じて昼夜二公演。
6.捨ててはならないものを捨てずに、失ったものを未来に取り戻していく。一過性ではない連続的な試みを考える
+ 今回の記事では、ホールにおいては「換気」が最大の問題であるという前提に立って、これを解消するために考える。

<アイデア>
・換気が問題であるならば、換気するタイミングを曲目で作ればいい。
一曲ごとに換気するにしてもクラシックの一曲は長い。交響曲の楽章間で換気するのは前提4.から現実的でない。
・ということで3分程度の曲ばっかりやる。序曲でもいい、ワルツでもポルカでもギャロップでもいい。
メーカーとタイアップして、客席と舞台に空気清浄機や換気装置を大量に置く。
・一曲ごとに扉を全開放し、換気装置および客席に大量に置いた空気清浄機などもその度にOnにする。
・換気タイムに舞台で何も起きていないと、客席では会話が発生するし、「もったいない」時間になってしまう。
・ということで一曲ごとに指揮者や演奏者がトークする。(ステージ袖に置いたアクリル板に囲まれてマイクで喋るなど)
・交響曲の楽章ごとに換気してトークするのは感動を削ぐが、ポルカやワルツならその影響は交響曲に比べれば軽いのではないか。
・オーケストラ全体のみならず、オーケストラを構成する個人が注目される機会ともなる。
・もちろん、年始恒例のニューイヤーコンサートにかけている。暗いニュースが続くなか、劇場では明るく楽しい音楽が響いているということ。
・「コロナの期間、劇場が序曲と舞曲でいっぱいに!」って直感的に良いなと思うんです。
・笑顔になりたい人、心踊りたい人が劇場に足を運ぶ。これも劇場の果たすべき役割ではないかなあ。

<展望>
・上記のように、最初は「3分程度の曲」という縛りでやる。スリーミニッツ・ニューノーマルコンサート。
状況を見ながら、長さを伸ばしていく。ファイブミニッツ、セブンミニッツ、テンミニッツ・ニューノーマルコンサート…。
・その都度、条件に合う曲を取り入れていく。コロナによって失った曲を順に取り戻していくイメージ。
・この方法に安全の実績と共感を得てゆき、いずれ20分程度の短い交響曲に行き着くようにする。シューベルトの未完成、シベリウスの7番…。
つまり上記のニューノーマルコンサートは、気軽なものからはじめて、普段を取り戻していくための契機となる。
・いつになるかわからないが、こうして次第に続けていってコロナ以前のプログラムが鳴り響いたときには途轍もない感動があるのではないか。
・そのときには、最初のスリーミニッツ・ニューノーマルコンサートでやった「3分程度の曲」をアンコールで演奏したい。


どうでしょう?もちろん、ここで考えているのは、電車や飛行機など、公共交通機関との比較から、ホールにおいては「換気」が最大の問題だという前提に立った上での解決策に過ぎませんし、実際にはマネタイズを中心にもっと細かいことを詰めなければいけません。たとえば一部のSS席は、価格を上げつつ両サイドを空席にするなどの工夫をするとか、横の座席自体を取っ払って間隔にゆとりのあるレイアウトに改装するのもいいかもしれません。ただ、オーケストラの未来には若い世代の聴衆が必要不可欠ですから、座席が極端に減った結果としてチケット代が全座席爆上がりするなど、若い世代が気軽に聞きに来れなくなるような方法は出来る限り避けたいと思います。

他にも問題は色々あるとはいえ、まずは一つの問題を解決するためにアイデアを練ってみました。少なくとも、満員電車よりはこちらのほうがよっぽど安全だと思いますし、これでもだめだというなら、どうして交通機関の「密」が見逃されホールの「密」が禁じられるのか、ということについて、「価値」の議論に立ち入らざるを得なくなるのではないでしょうか。でも、誰がその価値を決めることができるというのか…。

ひとまず上記は、前記事で述べたような自分のポリシーである、崩してはいけないところを崩さずに変数を考える、というスタンスに立脚した思考実験のつもりです。これほどまでに全世界・全人間にとって共通の問題というのはないわけで、それを正しく恐れつつ、一方では逆手に取りたいのです。「コロナの時期、日本の劇場にはワルツやポルカがあふれた」というのは素敵なストーリーではないでしょうか。むしろコロナをテーマにしたポルカを書く作曲家がいてもいいとすら思う。ワルツやポルカの歴史を紐解くと、いわば「時事問題」みたいな形で作曲されているものが沢山あることに気づきます。恐れるだけでなく、表現に取り込んでしまうことができるのもまた芸術ならではと思うのですが……ぜひ僕はこれをやってみたいですね。ホールやオーケストラの方で共感してくださる方がいればぜひご連絡ください。

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