福井大学フィルの第67回定期演奏会に寄稿した文章を転載させて頂きます。プログラミングの背景をお伝えすべく、毎年寄稿して今年で五年目になります。お運び頂いているお客様へのメッセージとして、学生たちへの激励として、毎年特別に大切な想いを込めて執筆しています。
若人たちの凱歌を聴け -福井大学フィル第67回定期演奏会に寄せて-
人はどうしてオーケストラをするのでしょうか?その答えは、チャイコフスキーの交響曲第五番に詰まっているように思います。通称、チャイ5。オーケストラ曲の大定番として、古今東西に愛されてきた名曲であります。
重苦しい「運命の主題」で始まり壮絶な展開を見せる第一楽章。あまりにも美しく儚い旋律に満ちた第二楽章。小春日和のようなワルツの第三楽章に、圧倒的な勝利の凱歌の第四楽章。どの楽章をとっても印象的であり、作品として素晴らしいものであることは言うまでもありません。しかしそれ以上にこの曲の凄さは、徹底して人間的であるということです。
チャイコフスキーの五番というこの一冊の楽譜から、恐ろしいまでの熱量が立ち上がってきます。一人の人間では決して不可能な、また、当然ながらAI(人工知能)では不可能な、大勢の人間がエネルギーを注ぐことによってしか生まれ得ない「何物か」をこの作品は求めます。どれほどシニカルに構えた奏者でも、いざこの曲をステージで演奏するとなると、気づけば全力を注ぎ込んでしまう。それこそがチャイコフスキーのマジックです。
最初に、「人はどうしてオーケストラをするのか?」という問いを掲げました。オーケストラは争いの連続です。年齢も経験も考えも異なる人々が一つのものに向かい合うのですから、時にぶつかり、苦しむことも少なくはありません。でも、だからこそオーケストラは面白いのです。困難を乗り越え、たくさんの人間の全エネルギーが一つの方向に向いた時の感動は言葉になりません。そして、このチャイコフスキーの五番というのは、他のどの曲にもまして、それを目一杯味あわせてくれる音楽なのです。今から鳴り響くチャイコフスキーには、学生たちのこの一年間の苦闘が、彼・彼女たちなりの「オーケストラをやる意味」が結晶することと思います。
チャイコフスキーと共に演奏するのは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番です。ラフマニノフはチャイコフスキーに負けず劣らず、美しい旋律を描く作曲家でありますが、本曲は彼の作品の中でもとりわけ美しい旋律に溢れたものです。そして、ただ美しいだけでなく、心に染み入るような憂愁に満ちています。「音楽は心で生まれ、心に届かなければ意味がない。」 -ラフマニノフが残したこの言葉は、音楽に携わるものにとって欠かせないものです。
ソリストには、世界的なピアニストでいらっしゃる福井大学教授の高木裕美先生をお迎えしました。高木先生は1990年頃に当団と度々共演されており、今回の共演は約30年ぶりとなります。円熟の境地に達された先生と、教え子にあたる学生たちが共にステージに立つことができるというのもまた、オーケストラの愉しみでありましょう。
序曲には、ロシア五人組のリーダーであったバラキレフの「3つのロシアの主題による序曲第1 番」を演奏致します。本曲の「3つのロシアの主題」とは、いずれも非常に有名なロシア民謡のことを指しているのですが、そのうち2つ目の民謡「白樺は野に立てり」は、チャイコフスキー が交響曲第4番の第4楽章に用いたことで良く知られています。また、3つ目の民謡「ピーテル 街道に沿って」は、ストラヴィンスキーが「ペトルーシュカ」終幕に用いたものです。いわば、ロシア音楽の美味しいところ取りのような曲であり、今回の定期演奏会の冒頭を飾るにはぴったりであると思います。
最後に、私と福井大学フィルの関わりを少しだけ書かせて頂きたく思います。福井大学フィルとの共演も5年目となり、今年度より「常任指揮者」として関わらせて頂くこととなりました。最初に客演指揮のお話を頂いたときには私はまだ大学院生でしたので、最初に福井に訪れたあの日のことがずっと前のように感じられます。はじめて指揮のオファーを下さった大学オーケストラとして特別な思い入れがあり、このオーケストラのためにできることがあれば何 でもやるぞという気持ちで日々を過ごして参りました。
「しばしば福井県の音楽文化のレベルは低いということを耳にするが(中略)芽を我々県民の 手で出さねばならない。いつまでも考えていたり、自分の殻の中に閉じこもっていたりしない で、自ら飛び出して行って悪条件を克服しどんどん実行に移して行くこと。そして大学と県民が一体となって地方文化の基盤を築いていかなければならないのだ。」
「情熱から湧いてくる努力、その情熱こそ若さであり生命である。私たちはいつまでもこの情熱を失わず音楽を愛しオーケストラを愛し、今後市民のオーケストラ、否県民のオーケストラとして全ての人々に見守られながら力を合せ、又批判されながら成長し、立派なオーケストラに育て上げなければならないと思う。」
これらは、1956年(昭和31年)8月28日の福井新聞に掲載された、当団創立当時のマネージャー上坂治氏による文章であります。なんという力強い宣言!この文章を拝見したとき、私は言葉にならないほど深い感動を受けました。常任指揮者としての役割を果たすうえでも、まずはこの創団の精神に立ち返りながら、学生たちの自主的な動きを大切にしつつ、いっそう街に根付いたオーケストラとなるべく沢山の挑戦をしていきたいと思っております。どうぞ末長くご支援・ご声援を賜りますよう深くお願い申し上げる次第です。
さあ、そろそろ第67回定期演奏会の幕が上がります。この一年の学生たちの格闘が詰まった演奏を、オーケストラに携わるということの喜びを、若人たちが奏でる新しい時代の凱歌を、どうぞお楽しみ頂けましたら幸いです。
2019.12.14
福井大学フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者
木許裕介
<過去の寄稿文章はこちらからお読み頂けます。>
第66回定期演奏会への寄稿「憧憬/超克 – 時代の変わり目を生きる-」
第65回定期演奏会への寄稿「三年目の挑戦、伝統と革新のあいだで」
第64回定期演奏会(60周年記念演奏会)への寄稿「大地を言祝ぐ – 福井大学フィル創設60周年記念演奏会によせて -」
第63回定期演奏会への寄稿「運命に寄す -カリン二コフと正岡子規」