遊びと祈り、そして永遠 -オーケストラ・ヘリクリサムによせて-

3月8日のオーケストラ・ヘリクリサムさんの演奏会パンフレットに寄稿した文章を掲載させて頂きます。残念ながらコロナウイルスの影響で本公演は中止(無観客での記念収録演奏のみ)となりましたが、この演奏会の魅力が少しでも伝われば幸いです。ほんとうに良い企画、良いチームでした。

 

遊びと祈り、そして永遠

ときに人は、人の次元を超えたものを生み出しうる。プロコフィエフの交響曲第5番の1楽章最後のページを開くとき、私はいつもそのことを思います。地底から這い上がらんとする強靭な意志、指先が岩を掴むのが見えるような音楽に。

彼はこの交響曲について、こう書き残しています。「音楽は私の中で熟し、魂を溢れさせるものとなった」。つまりそれは、確かに自分の内側から生み出しながら、自分の外へと零れ落ちる瞬間の訪れを意味します。だとすれば、零れ落ちたものをすくったのは誰か。それはプロコフィエフという人間であると同時に、自分の外側、すなわち「神」としかいいのようのない何者かではないか……。

本日のメインとして演奏するプロコフィエフの交響曲第5番は、それほどまでに壮絶な作品であります。前半に演奏するプロコフィエフの「古典交響曲」とプーランクの「ピアノ協奏曲」が、それぞれの作曲者の個性をふんだんに刻みながら、音階で徹底的に遊んだ作品であるとすれば、後半の交響曲第5番では、豊かな遊びが深い祈りと結びつき、壮大な世界が創造されてゆくのです。

 

遊びと祈り。永遠に残るであろう素晴らしい作品たち!ですが、「神」を感じさせるような作品といえども、楽譜は奏でられてはじめて音楽になります。技術が進化し、効率化が進み、時間が加速したこの時代においても、やはりプロコフィエフの5番を演奏するには45分ぐらいの時間がかかる。そしてこれだけの人数が必要になる。オーケストラとは、なんと贅沢で人間的な営みでしょう。

今から音楽の旅を共にするオーケストラ・ヘリクリサムは、三年前に定期演奏会をご一緒した九州大学芸術工学部フィルハーモニー管弦楽団の皆さんが中心となって立ち上げられました。今日は皆さんにとっての卒業記念という位置付けもあり、特別な想いのこもった演奏をお届けできることと思います。「永遠の思い出」の花言葉を持つ「ヘリクリサム」の如く、今日が忘れ難い時間となりますように。

木許 裕介

※団のオフィシャルツイートでも掲載いただいています。パンフレットのデザインも素敵なものでしたので、こちらからぜひご覧ください。

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