東京大学フィロムジカ交響楽団さんの団内演奏会にお声がけ頂いて、六年ぶりに駒場の音楽室で棒を振った。ここは自分にとって、はじめてオーケストラの前に立って棒を振った思い出の場所。モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークに、フルート協奏曲第二番。師匠に憧れて、アンコールにヴィラ=ロボスのプレリュード。
指揮を習いはじめて半年足らずでこんな曲を振ろうとしたのだから、いま考えてみれば背伸びもいいところで恐ろしくなる。六年前のあのころ、学生だった当時、この場所に指揮者として呼び戻して頂ける未来を思い描いたことなんてなかったけれども、あの無茶な背伸びがあったからこそ、今があるのだと信じて疑わない。
あれから六年後に立つ駒場の音楽室。曲目は愛するカリンニコフの交響曲第一番より第一楽章。この曲はちょうど、福井大学フィルハーモニー管弦楽団さんとずっとリハーサルを重ねている曲で、カリンニコフ中毒(通称「ニコ中」)を自称するほど、愛してやまない曲だ。自分にとって特別な機会、偏愛する曲、さらに団員の皆さんと親しくさせて頂いたこともあって、当然ながらリハーサルにも熱が入る。普段の定期演奏会や先生方のご指導で鍛えられた素敵なオーケストラ、ミニコンサートだからといって妥協は一切しないし、驚くほどの参加率と練習量で団員の皆さんも応えてくださった。「この曲を弾いてみたかった!」という団員の方々の思いが一回一回に溢れていて、本番も特別な気合いが篭ったものになったと思う。一緒に演奏するのが夢だった、という言葉をある団員の方から頂いて、幸せに震えるような心地を覚えた。番前、大学一年生の頃からお世話になっていた先生(私がはじめて指揮した六年前にも聴きに来て下さっていた)の研究室を久しぶりに訪れ、ご挨拶させて頂いたとき、「やっぱりそういう人生を選ぶと思っていたよ」と何ともいえないエールを頂いたのが、本当に嬉しかった。
偶然の出会いと再会にも恵まれた。団員のなかに先日のアンサンブル・コモドさんとの東北チャリティーコンサートで一緒した方がいらっしゃって、「なんだ、先に言ってよ!」と、お互い目を丸くして笑った。そしてまた、六年前にこの場所で棒を振った時、高校一年生なのにヴァイオリンで参加してくれた彼が、なんとフィロムジカさんの団員としていらっしゃった。あのとき高校生だった彼ももう、大学四年生。終演後に二人で駒場の音楽室をぼんやりと見ながら、「あれからもう六年も経ったんだね」としみじみと再会を祝い、過ぎた時間を思う。
学部から数えれば七年間過ごした駒場キャンパスについて、ここで振り返ることは到底出来そうにない。駒場キャンパスは、いつまでも私にとって、学問でも音楽でも原点の場所であり続ける。キャンパスのどんな片隅にさえ思い出が宿っていて、それは間違いなく、私の20代を作ってくれた環境だった。
またこの場所に帰ってくるだろう。そして、また指揮者として呼んで頂けるように。研究室の机にいつも飾っていたマラルメ「海の微風」のごとく、難破を恐れず、指揮棒と身一つで世界を駆け巡りたい。
さらば、駒場。
新しい風がいつも吹き抜ける駒場キャンパスが大好きだった。