『遠き王女』をめぐって

6月に指揮する、九州大学芸術工学部フィルハーモニー管弦楽団さんの演奏会のため、エドモン・ロスタンの戯曲La princesse lointaine(『遠き王女』)を読み進めていました。というのは、プログラムの一曲目であるチェレプニン『遠き王女への前奏曲』が、このロスタンの戯曲にインスパイアされて出来た音楽だからです。

滅多に演奏されることのないこのチェレプニンの音楽ですが、なぜ演奏機会が少ないのか分からないほど、素晴らしくエモーショナルな曲であり、今回こうして演奏できることに深い喜びを覚えています。(また後日書きますが、今回の九州大学芸術工学部フィルさんのプログラムは、私にとって「快心」と言えるプログラムになりました。どの曲もぜひ聞いて頂きたいです。)

さて、調べてみると、どうやらこのエドモン・ロスタンの戯曲は、日本語訳がほとんど見つからないということが分かってきました。しかし内容が分からないようでは、演奏解釈に根拠が乏しくなるのは勿論のことながら、タイトルの日本語訳にすら確信が持てなくなります。そこで、まずこの戯曲を読み進め、あるいはその周辺に目配りしながら、タイトルの邦訳をどうすべきかから考え始めました。(シャブリエ/ラヴェルのMenuet Pompeuxを演奏したときも、タイトルの邦訳をめぐって相当に悩んだのを思い出します。)

「幻の王女」「遥かなる王女」「遠き王女」…などと色々考え、過去のタイトル邦訳なども参照したのですが、ロシアの画家・ヴルーベリの絵画や、日本語としての美しさから、結論としては「遠き王女」に落ち着きました。戯曲を通して読んでみると相当に面白かったので、極めてざっくばらんな纏めではありますが、ここに自分用のメモとして記載しておきます。もちろんこれは正確な訳ではなく、内容を理解するための恣意的なダイジェストに過ぎませんから、学問的な厳密さは求めないようにしてください(笑)

 

<第一幕>
ぼろぼろになった船、嵐を越えて来たことが分かる状況。
船員たちは既に限界。プリンス(Joffroy Rudel)はやせ細って死者のような顔色。熱に震え、眼が普通ではない輝き。
吟遊詩人ベルトランの詠唱で、船員たちが起きはじめる。

プリンス、「王女に近付けば近付くほど、死が我々に近付いてくる。それでも諦めない」と決意を伝える。
そうこうするうちに霧が晴れて島を発見。遠き王女がいるというトリポリであることが判明。

プリンス、船から降ろして島にあげてくれ、王女に一目でも会わせてくれと求めるも、体調的に船から降りられない。
かわりに、ベルトランが王女をこの船まで連れてくることになる。日没までに必ず連れてくる、と約束して別れる。

 

<第二幕>
ベルトラン、王女メリザンデに会う。メリザンデの前でプリンスの書いた愛の詩を詠唱。
メリザンデはなぜかその詩を知っており、その詩の作者としてJoffroy の名前も知っていた。(ある吟遊詩人から聞いたことがあった?)
ベルトラン、その話を聞きながら体力の限界で気を失う。メリザンデおよびお付きの人々に介抱される。
メリザンデの腕のうえに頭を横たえているうちに心が揺らぐ。回復してから、Joffroy の現状を話す。
窓の外には海が見える。その海の上の小さなガレー船。そこにJoffroy が瀕死でいる、と伝えるが、王女は気乗りしない。
ベルトラン、ガレー船のうえの旗の色が白のうちはJoffroyが生きている。

でも黒になったら死ということだから、一刻もはやくプリンスに会いにいってほしいと伝える。

 

<第三幕>
メリザンデはベルトランに心奪われる。Joffroy のことなんてほっといて、二人で過ごしましょうと誘惑。

(その様子を、ジェノヴァのある商人が見ていて、のちにJoffroy の船に伝える)
ベルトラン、引き裂かれるような思いをしつつ、メリザンデの誘惑に傾いてしまう。そのうちに旗が黒に。

「すべて終わりだ!」と叫ぶが、もういちど旗が翻って白になる。「まだ生きている!行かねば!」

メリザンデとベルトランふたりで、王女のガレー船にのって出ることに。

 

<第四幕>
メリザンデはベルトランを選んだらしいぜ、という噂がJoffroy の船に駆け巡る。

船員たちは信じないが、わずかに動揺が広がる。
そのうちに、メリザンデ到着。あまりの美しさに全員静まり返る。

このときJoffroyはすでに死にかけ。全くの無表情で、耳も聞こえない。
しかし、Joffroy の横でメリザンデが「私のために!私のために…!」と泣くと、

Joffroy は眼を開き、メリザンデの存在に気付き、微笑む。
微笑んだ様子に、命を吹き返した!!と周りが歓喜。
Joffroy 「ベルトラン、連れて来てくれてありがとう!!」

「王女、あなたはここにいる。私の夢は叶ったのだ」「王女は現れた。私のプリンセスよ!」
といって王女メリザンデと感動的なやりとりをかわす。そのうちに、疲れきってJoffroy は眼を閉じる。
それを見ているベルトラン、裏切った気持ちでいっぱいになるが、司祭に

「余計なことは言わないでおけ。Joffroy を幸せのうちに死なせてやれ」と諭される。

メリザンデ、Joffroy の様子に泣き崩れて覆い被さる。Joffroy とメリザンデの感動的なやりとりが再びはじまる。
メリザンデ「Joffroy 、私たちの愛は美しかった」
Joffroy「話し続けていてくれ!私には聞こえないけれども。

そうすれば呻くことなく死にゆくことができる。もう遠き王女に会う事は決して無い…。」
司祭「愛は聖なるものだ…」(みなで詠唱)
Joffroy「プリンセスは来たのだ。私のプリンセスよ、いまこそ、さようなら!」(La princesse est venue! O ma princesse, adeiu!!)

日没の空が光り輝き(Tous le ciel est en feu.)日没の太陽が海を輝かせる。

その光に包まれて、そして王女の腕に包まれて、プリンスは息を引き取る。
死してもなお、プリンスの眼は王女を見つめ続け、手は王女の髪を離さない。

それを見て、王女は自身の髪を断ち切って、プリンスの手がずっと髪を掴んだままでいれるようにする。

髪を切り過ぎであることにベルトランは焦り、「切り過ぎだ!」と叫ぶ。

それに対して、王女は、「ベルトラン。もうやめましょう。」

「さようなら。私は聖なる場所(おそらく出家のこと)に赴きます」といって去る。
司祭が偉大なる愛について述べて(les grandes amour travaillent  pour le ciel)Joffroyの死を弔い、幕。

 

嵐によって船がぼろぼろになっているその有様と、第四幕最後のプリンスの死の瞬間。そのコントラストの美しさは素晴らしいものがあります。

とくに最後の死の瞬間、王女が沖を向きながら、腕にプリンスの亡骸を抱いて、日没の太陽が海に沈む瞬間の光に包まれている光景は、まるでそれを見た事があるかのように眼前に立上がってくる描写がなされています。嵐の激しさと、最後の光景の美しさ。それをチェレプニンの音楽を演奏するうちでも表現してみたい。この曲に出会えたことが幸せでなりません。

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