東京大学にて武満徹論

福井大学フィルとの演奏会後、数日間書斎に籠って武満研究に勤しむ。そして東大駒場キャンパスの懐かしい五号館で授業。立花隆ゼミの活動でよく使ったこの部屋で講師として話すのは(しかも、立花さんが生涯追いかけ続けた武満のことを話すのは)不思議な感じがした。

武満徹というと世界的作曲家になってからの活動や作品がフューチャーされがちだが、今回はあえて20歳前後、彼の音楽体験の原点を追いながら、彼の創作スタイルや創作の論理を簡単に説明する。最初の師たる清瀬保二からモンポウとセヴラックの作品を教わり、早坂文雄からソナタをはじめとする西洋の音楽形式を疑う姿勢を得た、ということは極めて興味深いと思う。

武満の盟友だった大江健三郎も小澤征爾も一柳慧も谷川俊太郎も逝ってしまった。追悼の想いも込めて谷川俊太郎の詩による「系図」を学生たちに聞いてもらう。黛敏郎が弔辞として引用した武満の若き日の旋律に、谷川俊太郎が御代田の別荘で過ごす武満の幻影を綴った詩を当て、石川セリが歌う「MI・YO・TA」を最後に流す。

これを聞くといつも泣いてしまうのだけど、同様に、学生の幾人かが目に涙を浮かべているのが教壇から見えた。夢と数と水の作曲家、武満徹。やっぱり、僕はこのひとがたまらなく好きだ。

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