福井大学フィル第66回定期演奏会(2018.12.24)パンフレットに寄稿させて頂いた文章を掲載します。指揮させて頂いて今年で四年目になるオーケストラですが、音楽のみならず、「文章もぜひ」と毎年お声がけ頂けることをとても嬉しく思っています。どうぞご一読ください’。
憧憬/超克 – 時代の変わり目を生きる-
’
平成が終わろうとしています。私は昭和の終わりの生まれでありますが、今日ここでステージに立つ学生たちは、平成に生まれた人たちがほとんどであります。彼・彼女たちにとっては、自らが生まれた時代が終わってしまうという体験を、もうしばらくしたら得ることになります。考えてみれば、「元号が変わる」というその感覚は、極めてアジア的な感覚であるかもしれません。私たちは元号を通じて一つの時代の始まりと終わりを意識し、時代の移り変わりを感じることになるのです。
そして明日、12月25日。それは子どもたちが楽しみにしてやまないクリスマスであると同時に、今から約90年前の1926年、大正から昭和へ元号が変わった日でもあります。
この日に時空をワープしてみれば、欧州航路船「鹿島丸」洋上にて、神戸からスイスのジュネーヴへと向かう17歳の青年に出会うことができるでしょう。 鞄には友人からのプレゼントである『竹取物語』、手には宮本金八作のヴァイオリン第二十八号を提げて、自らの使命に眼を輝かせる青年に。
彼の名前は、貴志康一。西洋に憧れながら、「日本人も西洋に負けないくらい音楽を理解し、演奏出来るのだと世界に示すこと」を自らの使命とし、大正の終わりに世界へ勝負に出た音楽家です。日本にはじめてヴァイオリンの名器ストラディヴァリウスを持ち帰ったヴァイオリニストであり、25歳でベルリン・フィルの指揮台に立った指揮者であり、28歳という若さで天に昇るまで、時代を駆け抜けた作曲家であります。(1909年生-1937年没)
私はこの音楽家の存在を知ったとき、心底魅了されました。彼の音楽はもちろん、彼の生き様や美学といったものに共感を覚えずにはいられなかったのです。それはおそらく、私自身も近年世界で指揮するようになって感じる、日本の相対化や、日本的な感性・美徳の再発見と無縁ではないと思います。海外で指揮すればするほど、日本でも世界でも、日本人作曲家の曲をもっと広めていきたいと思うように至りました。
こうした想いに福井大学フィルの学生さんたちは共感して下さり、2015年度の尾高尚忠『フルート協奏曲』に続いて、今年度は貴志康一『ヴァイオリン協奏曲』に挑戦することになりました。貴志とおなじくスイスで学ぶ長年の友人のヴァイオリニスト・白小路紗季さんと共に演奏できるということで、今からとてもワクワクしています。極めて高い技巧を要する難曲ながら、日本的な旋律と叙情に溢れており、きっと皆さんの記憶に残ることと思います。
コンサートの最初には、スッペの喜歌劇『軽騎兵』序曲をお届け致します。日本においては運動会でしばしば流れる音楽であり、ほとんどの方が一度は耳にされたことがあるのではないでしょうか。実はスッペは、大正時代に流行した「浅草オペラ」で頻繁に紹介された作曲家であります。ですから、大正から昭和を生きた貴志康一も、スッペのことを知っていたに違いありません。冒頭の華やかなファンファーレ、情熱的な中間部に疾走するフィナーレまで、どこをとっても心踊る名曲です。
そしてメインには、貴志康一が指揮することを計画していて叶わなかった、ドヴォルザークの交響曲第九番『新世界より』を演奏致します。この交響曲の日本初演は1920年12月29日、すなわち大正時代の中頃でありました。稀代のメロディメーカーであるドヴォルザークの最後の交響曲であり最高傑作として知られる本曲は、どの楽章も口ずさみたくなるような旋律に溢れながら、極めて緻密な構成がなされています。それはあたかも、均整の取れた美しい彫刻を見るかのようであり、古今東西の人々に愛奏・愛聴されてきたこともむべなるかなという思いが致します。とくにこの曲の二楽章、「家路」という名前の編曲でも知られるその物悲しい旋律は、我々の魂をノスタルジーへと誘います。四楽章の最後には、広々とした大地に真っ赤な夕陽が沈んでいく瞬間が見えることでしょう。
というわけで、今年の定期演奏会は、大正から昭和へ移り変わる「時代の過渡期」に関係した音楽であり、貴志康一という夭折の天才が生きた時代をとりまく音楽でラインナップ致しました。演奏会の題字とした「憧憬/超克」には、この時代の精神を凝縮させたとともに、今まさに時代の変わり目を生きる私たちの思いそのものを宿しています。 福井を代表する書家である吉川壽一先生にこの書を書き下ろしで頂戴することとなり、本当に有難く思っております。
遠きものへの憧れに満ちつつ、自分自身の限界や困難に打ち克っていくこと。さらに不確実で変動する次の時代へと、私たちは力強く超え出ていかねばなりません。今日まで支えて頂いた皆様に感動をお届け出来るよう、そして、それぞれの曲の魅力を皆さんに目一杯お届けできるよう、全身全霊で演奏致しますので、どうぞご期待下さい。
福井大学フィルハーモニー管弦楽団客演指揮者
木許裕介