福井大学フィルハーモニー管弦楽団の第63回定期演奏会、盛況のうちに終演致しました。東京、愛知、京都、神戸と遠くから友人たちが聴きに来て下さって本当に嬉しかったです。応援して下さった皆様、ありがとうございました。
自分にとって初めての大学オーケストラ。一年前に大阪で指揮していたコンサートのリハーサルと本番を団員の方々が見て下さったのがご縁となって、その本番のあとすぐに福井大学フィルの指揮のオファーを頂くことになったのですが、あの日、最初にお話を頂いたときからずっと、共演するのが本当に楽しみで仕方ありませんでした。曲目はヴェルディ、尾高、カリンニコフ。福井大学フィルは大学から楽器をはじめた初心者が過半数を占めるオーケストラで、そんな人たちが今回のプログラムをきちんと弾けるようになるのは半ば無謀というか、極めて難しい事だったと思います。最初にこのプログラムの打診を受けたとき、再考を促したぐらいです。でも、団員の皆さんの熱意に負けました。そして、それぞれの曲の持つ魅力に僕自身がやられていました。(寄稿させて頂いたプログラム解説文はこちらをご覧下さい。)
やるからには良い演奏になるように、一年間かなり綿密に計画を練って、「オーケストラ」としてのレベルを上げるべく工夫をしてきました。ただリハーサルを重ねるだけでなく、その合間に練習方法の提案をしたり、練習に良いであろう小曲の楽譜をお渡ししたり、簡単な和声講座や学生指揮者の方々の指揮レッスンを開いてみたり、出来る限りのことをやってきたつもりです。それがどこまで果たせたかは聴きに来て下さった皆様や団員の皆さんの感想に委ねるほかありませんが、本番であの難しいパッセージをみんなが笑顔で弾いている姿は感動的なものがありました。そして団員の方々から頂いたアルバムと色紙を読んでいると、この一年間の日々は、きちんと皆様の心に届いたのかなと感じています。エキストラの方々や顧問の先生からもご好評を頂けたこと、嬉しかったです。
一年間かけて曲を作り込んでいけるというのは本当にありがたいことで、かなり厳しく細かいリハーサルをした回もありました。初心者が多いからといって音楽的な妥協は一切しませんでした。ヴェルディについてはpppでも歌い上げることに拘り、細かい動きをクリアに弾けるようになるべく何度も何度も小編成から練習しました。全員が「運命の力」のシナリオを知っていることは当然、それぞれの旋律にどのような歌詞がついているかを原語で把握することを求めました。pietàとpace,そしてmaledizioneが練習後の飲み会でも冗談のように飛び出すほど、最後にはこの歌劇のキーワードを一人一人が把握して下さったと思います。(そうすることによって自然と、音色やフレージングも変わっていきました)
尾高のフルート協奏曲についてはソロを含めた各パートのかけあいを徹底的に確認しつつ、管楽器同士のフレーズの受け渡しや語尾を精密に求め、一方で弓の使いを整えることに多くの時間を割きました。最初のリハーサルのときから、ソリストに「こんなに自由に吹けるんだ!」と言って頂けた事はオーケストラにとって誇るべきことです。カリンニコフについては書き始めればキリがないほどで、一度も言及しなかった小節は一小節も無いのではとすら思います。転調の妙技や調性の持つ固有の性格を大切にし、トレーナーの方々のお力添えも頂いて弓の噛ませ方と発音にこだわり、全体を通してどういう構造で組まれ、どういうポエジーが宿っているかをしつこいほど説明しました。とにかくメロディにばかり注目されがちなこの曲の魂は実のところ半音階にあることを強調し、半音階を弾き飛ばさないでそこに思いを込めてきっちり歌い上げることを徹底的に練習しました。この一年、ずっとカリンニコフが頭にあっただけに、何度リハーサルしても本番直前まで伝えたいことは尽きませんでした。まずもって棒で、それから言葉で、とにかくいまの自分に出来る限りを伝えようと全力を注ぎました。リハーサルの帰りには車中でリハーサル録音を聞いて、振り返りや次回までの課題を文章にして送り続けました。それぐらいやりたくなってしまうぐらい、素敵な人たちでした。
プロのような技術はないし、有名な大学オケや都心のアマオケのような人数も経験値もないかもしれない。でも、みなが純粋に、すこしでも向上しようと全力で音楽に向かいあう人ばかりだったのです。学生指揮者の3人は、合宿でレッスンをしたときから比べて、会うたびに格段に指揮が上達していて感動しました。私としても、みなさんの指揮から勉強させて頂いたことがたくさんあります。コンサートミストレスやトップ奏者をはじめ、休憩時間も返上してマンツーマンで一緒に練習した奏者も1人や2人ではありませんし、本番前日の夜遅くまで私のピアノと共に音程のトレーニングに励んでくれた奏者もいました。(1時間ぐらいEs-Durをやりましたね!)つねに和やかさとユーモアがあり、共に音楽するものへの敬意を欠かさず、一人一人が自分の責任を果たそうとする、本当に良い「チーム」だったと思います。
もちろん、そういう雰囲気は一朝一夕に出来上がるものではありません。この団を愛した多くの先輩方が作り上げてきたものであり、それが団長と副団長を中心にしっかり引き継がれていったゆえだと思います。団の歴史に立脚しながら、しかしテレビ収録なども含めて新しいことに大胆に挑戦していく中心学年の皆さんのオペレーションは見ていて心地よく、毎回のやりとりが新鮮でした。何一つ不満のない行き届いた運営をしてくださったことに、心からの賛辞と感謝を送ります。
ソリストの北畠さん。人間的にも音楽的にも尊敬する彼女と、お互いが大好きなコンチェルトに取り組むことができたのはこれ以上ない喜びでした。これからも日本で、世界で、一緒に演奏できることを信じて疑いません。そして、この舞台を撮影しに来て下さった栄田さん。久しぶりに栄田さんに撮って頂いて嬉しかった。折しもコンサートの翌日は私の師匠が天国に旅立った日から一年の節目。師を失って迷いながらも今日まで過ごしてきた「物語」が、音だけではなく写真のなかに刻まれて残ったことが幸せです。
振り返ってみれば、福井に通ったこの十回あまりのうち、夕食を一人でとったのはただの一夜だけでした。練習のたびに、団員の方々が一緒に飲みませんかと誘って下さり、福井のお魚や日本酒を頂きながら、遅くまで音楽談義を出来たこと、幸せでした。一緒に飲んで下さった方々ありがとう。そして、最後まで指揮を信じてくれてありがとう。
ヴェルディ、尾高、カリンニコフ。一年を通じて勉強し続けたこの曲たちの楽譜をしまうとき、言葉にならぬ感慨に襲われました。アンコールにはドビュッシー27 歳のときの作品、『小組曲』より「バレエ」を軽やかに。これからも大学オーケストラに関わって生きていきたい。その最初に、こうして福井大学フィルの皆さんと音楽できたことを誇りに思います。
充実した一年をありがとう、福井大学フィルの皆さん、また来年会いましょう!