前回の第1回リハーサル記録が福井大学フィルのみなさまから好評だったとのことで、自分の振り返りも兼ねて、せっかくなので毎回リハーサルノートを書くことにしました。今回はカリンニコフの難所でとっておきの練習方法を実践し、それから尾高のフルート協奏曲の全体像の確認を行いました。帰りの電車の中でもコンチェルトのあの変拍子ゾーンが頭から離れません…(笑)
今回のリハーサルでは、通常の配置の合奏のみならず、カリンニコフの掛け合いが難しいところやフーガを練習するために、「ラウンド・プラクティス」という方法を用いました。これは以前プロの弦楽合奏団のリハーサルを見学させて頂いた際に取り入れていらっしゃったもので、元を辿ればあの長岡京室内アンサンブルで行われていたことがきっかけのようです。見学させて頂いてもお話を伺っていても、この練習方法が素晴らしい効果を挙げることは明らかで、練習回数の多く取れるアマチュア・オーケストラを指揮させて頂く際には私も取り入れることにしています。
具体的な方法は敢えて書きませんが、ともかく「ラウンド・プラクティス」というのは、通常のオーケストラ配置を一端崩し、様々なやりかたで「円形」になりながらアンサンブルをして行く練習方法だと考えて頂ければ良いかと思います。この「円形」をどのような論理に基づいて組むかというところにポイントがあるので、今回演奏するカリンニコフにあわせて私なりにアレンジし、2種類の円陣の組み方を実践してみました。この練習によって生み出される効果は以下の3点に集約されるでしょう。
1.「目と耳が開く」=お互いの顔が見える事で奏法の不一致(弓使いなど)に気付く。互いに音を聞き合う(特にバスライン)精度が高まることによって、アンサンブルが練られる。
2.「曲全体への意識が高まる」=円形になることによって指揮者が見えない状態が発生する。テンポ感を耳で取らざるを得ない。それはスコアを把握していないと成し得ないことである。
3. 「責任を持って弾くようになる」=全員がトップになるような体験を作り出せる。室内楽的な責任感と役割の重さに一人一人が気付くようになる。特に大学オーケストラの場合、下級生は上級生に頼りがちになるので、そこから外れて自立する体験を与えることができる。団員数と練習回数の多いオーケストラにおいて発生しがちな「中だるみ」および「責任感の欠如」を防止することもできる。
こうした発想は、SFC研究所上席所員として組織論やリーダーシップ論を研究して行く中で最近出会ったものに大きく影響されています。オーケストラというのはひとつの組織であるし、リーダシップという概念が絶対的に必要になってくるものですが、それゆえに、たとえばICS(Incident Command System)など、数多くの事例から精緻に練られた組織論を応用することが出来るように思うのです。実際にラウンド・プラクティスであのフーガの部分を何度もやってみましたが、最後には見違えるほど掛け合いの精度が高まっていましたし、終了後にみなさんが呟く会話のなかに「自覚」という言葉がたくさん飛び交っているのを聞いていても、こうした練習方法は音楽的にも組織論的にも確かに効果があることを実感しました。多くの先生方がおっしゃるように、オーケストラ-アンサンブルの基本は弦楽四重奏や木管五重奏といった室内楽的な要素にあります。大きな曲をやっていても常に小さな「輪」を忘れないようにしていきたいものです。
最後に福井で印象的だったことをいくつか。前回はバタバタしていて気付かなかったのですが、駅には「どーん!」と恐竜博士がベンチに鎮座されていて、駅前に出ると恐竜のうなり声が聞こえるのです。ホテルの廊下ではなぜかモーツァルトのクラリネット協奏曲が流れ、外に出ると恐竜のうなり声…。夜に人気の少ない駅前でこの重低音が響き渡るのは非常にシュールなものがありました。通りがかった子供が泣いていて、その光景に思わず笑ってしまいます。
それから勘で飛び込んだ割烹料理屋さんが素晴らしいお店で、福井の地酒とお刺身を堪能させて頂きました。越前岬に花垣超辛口、めちゃくちゃ美味しかった!カウンターで地元の方々とお話させて頂くのも楽しく、お食事の美味しさと人の温かさに、福井に行くたびここで夕食とさせて頂くことを決意した次第です。旅と人と音楽が好きな私にとって、指揮者というのはこれ以上ないほど恵まれた職業であるように思います。こういう幸せを教えて下さった亡き師に感謝するばかり…。