ずっとマスネを勉強しています。今日は第三楽章にあたるAngelusについて。この曲は、ミレーの『晩祷』の影響か、日本語では「夕べの鐘」と訳されることが多いようですが、マスネのこの曲についてその訳は適切ではないかもしれません。というのは、これはキリスト教における「お告げの祈り」、アンジェラスの鐘を伴う一日に三度の「祈り」を描いたものであるように思われるからです。
「お告げの祈り」について簡単に解説しておきましょう。もともとこれは、受胎告知の祈りであり、「神聖ローマ帝国がオスマン帝国軍との戦いで勝利を期したことを神に感謝する印として、ローマ法王カリストゥス3世がキリスト教世界のすべての鐘を毎日、朝、午、夕に鳴らすようにと命じた」という説もあるようです。
いずれにせよこれは朝六時、正午、夕方六時の一日三回にわたって唱えられる祈りです。一日三回というところがポイントで、(マスネのこの曲も三度繰り返される設計になっているのは偶然でしょうか。)この祈り、そして時間を告げるこの鐘によって、時計が無かった時代の人々は生活リズムを刻んでいたのでしょう。たとえば夕方六時の鐘は、労働の終わり・一日の終わりを意味しており、ミレーの『晩鐘』はこうした瞬間を描いたものだと読むことができます。(この鐘が鳴り響くあいだは、作業の手を休めて、以下のように祈るのです。第一連のみ引用)
Angelus Domini nuntiavit Mariae
Et concepit de Spiritu Sancto
Ave Maria, gratia plena, Dominus tecum, benedicta tu in mulieribus,
Et benedictus fructus ventris tui Jesus.
Sancta Maria, Mater Dei, ora pro nobis peccatoribus
nunc et in hora mortis nostrae, Amen
マスネのこの三楽章は、最後の二度上行しながらのアーメン終止が上記のAngelus Dominiと同じであり、一方でまた、ホルンに鐘の音を模させながら、時に弦楽器のピチカートを重ねてアタックを強調しています。しかし常に同じ組み合わせで鳴らされるのではなく、最後になるとホルンのみで奏されるという点にオーケストレーションの面白さがあります。そこに朝・昼・夜の時間経過を読み取るのは牽強付会にすぎるかもしれませんが、しかし私にとってこの曲で最も魅了される部分は、アンジェラスの鐘以上に、冒頭の祈りの言葉が聞こえてくるような主題に、8分の12拍子で歌われる朗唱にあります。多くのCDや録音はここをさらりと流しすぎていて、あまりこの曲の美しさを感じなかったのですが、以下の録音に出会ってなるほどと思わされました。
打ち込みによる録音ですし、マスネの楽譜通りでもないのですが、彼が頭のなかで描いていたのはこういう音楽ではなかっただろうかと私は思います。鐘を模したホルンに付されたフォルティッシモを遠近感で捉えながら、祈りのこもった演奏にしたい。こういう音楽が本当に好き…。