正指揮者を務めておりますWorldship Orchestraの2015年度夏秋ツアーのシーズン・プログラムについて寄稿致しました。2015年度春の選曲やシーズンプログラム解説文も担当させて頂きましたが、有り難い事にこれがとても好評だったということで、夏秋ツアーについても執筆のオファーを頂いたものです。
寄稿させて頂いた文章はWorldshipのオフィシャルサイトからお読み頂けますが、せっかく書いたものなので、沢山の人に読んで頂きたいなと思い、こちらでも公開させて頂くことに致しました。一曲一曲の解説は奏者の皆様にお任せして、プログラミングの背景にあるものや狙いを執筆することを自分の指揮者としての仕事の一つにしていきたいと思っています。そして、このオーケストラに限らず、自分が指揮させて頂くときには(そして選曲に携わる事が出来るときには)こうして自分で文章を書く事が出来るぐらい、一貫したコンセプトがあるプログラムを組むことを今後も心がけてゆく所存です。なお、12月に指揮させて頂く福井大学フィルハーモニー管弦楽団のプログラムについても、近日中に公開することを予定しております。
「旅のはじまり」 — WSO2015年春ツアー シーズン・プログラムによせて —
今回のコンセプトは「旅のはじまり」。
代表の野口さんからそう伺って、プログラムにも「旅」を感じさせるような統一感を出したいと考えました。「旅」という言葉を広く捉えて、国から国へ 旅する楽しみのみならず、たとえば旋律から旋律へと移ろって行く面白さを感じて頂けるようにしたい。そうした思考から、エドゥアルト・シュトラウスの「カルメン・カドリーユ」やバーンスタインの「キャンディード」序曲、そして杉浦邦弘さんの「はとぽっぽの世界旅行」などを取り上げてみました。特に「はとぽっぽの世界旅行」は、様々な作曲家のスタイルをユーモアいっぱいに紹介することが出来ると同時に、はとぽっぽのテーマを探しながら能動的に聞く体験を生 み出すことが出来るという点で、ワクワクする時間を生み出せると思っています。
それにしても、「旅」という言葉からは本当に沢山のものがイメージされます。例えばそれは、訪れた土地の風景であり、食事であり、人であり、その土地の音楽であることでしょう。そしてその多くは、未知のものに「出会う」という経験と大きく関わっているものだと気付きます。ルーマニアの民謡を収集して 作られたバルトークの「ルーマニア民俗舞曲」は、バルトークならではの「出会い」の面白さに満ちていて、一度耳にするとしばらく頭から離れないほどのインパクトを生み出せるのではないでしょうか。
「出会い」という点では、現地の音楽を演奏させて頂くということも欠かせません。これまでにも海外で指揮させて頂くたびに、素晴らしい現地の音楽に出会ってきました。今回の演奏会では、マニラでフィリピン・フォークソングメドレーを、カンボジアで二代前の国王でいらっしゃったNorodom Soramrith元国王の作曲されたLa Mer à Kdatを演奏させて頂く予定です。いずれも現地のオーケストラからご提案頂いた曲で、この曲を通じてどのような出会いが生まれるのか、とても楽しみにしています。
メインの曲にさせて頂いたのは、ボロディンの交響曲第二番です。ボロディンの交響曲第二番は、冒頭のあの印象的な旋律がラヴェルやセヴラックも所属 していた芸術団体「アパッシュ」のテーマソングにされていたことで有名ですが、三楽章にはスラヴの吟遊詩人の歌が、四楽章は勇者達の響宴がイメージされて いるとも言います。楽器を持って旅するワールドシップ・オーケストラにとって、「吟遊詩人」というのはぴったりなイマージュであるように思われますし、マ ニラ、カンボジアともに、最終日の演奏会のステージが祝祭的な要素を帯びた場であることを鑑みればいっそう、今回のメインとさせて頂くのには相応しい曲だと感じました。ダウン・ボウで統一された弦楽器の動きは視覚的にも惹き付けられるものですし、ユニゾンで動くところも多い曲ですから、オーケストラならで はの響きの迫力を味わって頂けることと思います。
「旅」というコンセプトで統一しながら、全てを通じて意識したのは、演奏会の場を共有する全員にとって忘れ難い記憶となるような曲を選ぶということでした。
我々自身が楽器を携えて旅するのみならず、何よりも聴きに来て下さった方々を「旅」へと誘えるように。胸躍るリズムと心揺らす旋律の数々に支えられ、ワールドシップ・オーケストラの第一回が良き船出となることを願っています。
Worldship Orchestra 指揮者
木許 裕介
「熱狂」のありかた — WSO2015年度夏秋ツアー シーズン・プログラムによせて —
Worldship Orchestraには、創設時から指揮者として関わらせて頂いておりますが、今回より正指揮者というお名前のもとで関わらせて頂くことになりました。どうぞよろしくお願い致します。
さて、記念すべき「処女航海」となった第一回ツアー(2015年冬:マニラ&カンボジア)のシーズン・プログラムは「旅のはじまり」をコンセプトに選曲を致しました。詳しくは前回のコンセプト紹介の文章をご覧頂ければと思いますが、バルトークのルーマニア民族舞曲やボロディンの交響曲第二番などを共通項として、奏者の皆様にはもちろん、聞きに来て下さった方々を「旅」に誘えるようなプログラミングを目指しました。
そして更に、マニラとカンボジアという場所の違いに応じて適宜プログラムを変更しつつ、共演団体であったマニラ交響楽団の十八番であるMga Katutubong Awitinや、カンボジア前国王が作曲されたLa mer à kdatなど、現地曲の演奏および現地ソリストとのコラボレーションを積極的に行いました。忘れ難い瞬間は沢山あるのですが、特にマニラにおける最終日、 Rizal Parkで演奏したパイレーツ・オブ・カリビアンメドレーでは、今まで経験したことのないようなエネルギッシュな音が鳴り響いていましたし、カンボジアで 「アラピア」を演奏した際の爆発的な盛り上がりや、聴衆と奏者が一体になって音楽の中で遊んだあの時間は、忘れようにも忘れられないほど記憶に残るものとなりました。ご一緒して下さった皆さま、そして様々な形でお力添えを頂いた皆さま、本当にありがとうございました。
第二回となる今回のツアー(2015年夏秋:スリランカ&マニラ&カンボジア)では、「熱狂」をコンセプトとして、シーズン・プログラムを組ませて頂きました。「熱狂」と言っても、そこには色々な形があり得るように思います。たとえば舞踏のリズム、宗教性を帯びた高揚、対位法によって音というテクストを壮麗に織り上げて行くこと、ソリストとの即興的な掛け合い……。生きた時代や用いた手法は様々にせよ、それぞれの作曲家がどのような手段で「高まってゆく」ということにアプローチしたのか、音楽がどのようにして熱を帯びていくのか、こういったことを全ツアーに通底するコンセプトに定めて、それぞれの場所性や演奏会場、共演団体などを考慮に入れた上でプログラミングを致しました。前回と異なって、今回は三地域にツアーが拡大して曲数が多 くなっておりますので、ここでそれぞれの演奏曲に触れることは叶いませんが、どのツアーにおいても、そこで人間が演奏しなければ成し得ない熱狂を、魂の篭った音楽を届けることが出来るように全力を尽くしたいと思っています。
「旅で経験するすべてのことがその人を変えていく。その人を作り直して行く。旅の前と旅の後では、その人は同じ人ではありえない。」
立花隆先生の『思索紀行』の中にあるとても力強い一節です。
楽器を携えて海を渡るWorldshipの「旅」もまた、皆さまにとってこのような機会となるであろうことを信じて疑いません。
Worldship Orchestra 正指揮者
木許 裕介
Worldship Orchestraのオフィシャルサイトはこちら。もう少しだけ奏者募集もしているようですので、ご関心をお持ちの方がいらっしゃれば是非問い合わせてみてください。私個人で相談に乗れることであれば、当サイト(Nuit Blanche)のContactページからお問い合わせ頂けましたらお返事させて頂きますので、こちらもお気軽にどうぞ。