先週末は福井大学フィルハーモニー管弦楽団さんとの初リハーサルのため、福井に出かけてきました。半年間中毒のように勉強し続けたカリンニコフを実際に音にすることが出来る喜びはもちろん、福井を訪れるのは実質はじめてのようなものでしたから、旅が大好きな人間としてはもう移動だけでワクワクしてしまいます。
朝9時半ぐらいの飛行機に乗って羽田から小松空港へ。それからバスで福井駅へ。移動時間にして2時間半ぐらいだったでしょうか、思っていたよりあっという間に福井に到着しました。
団員の皆さんがお迎えに来て下さるということで、それまで駅前のカフェ・コロラドにてカリンニコフのラストチェック。コロラドは東京でよくコンサートをさせて頂いている大田区民プラザのすぐ近くにもあるので結構お世話になっているのですが(ゲネプロと本番の合間にどうしても珈琲が飲みたくなって燕尾服で行ったこともあります。もちろんコートを上から着ていましたが…。)福井駅のコロラドは空間の取り方が贅沢で、ゆっくり落ち着くことができる場所になっていました。これからリハーサルのたびに訪れることになりそうです。
一服したのち駅前の恐竜に驚いていると、団長さんがお迎えに来て下さって、団員の方の運転するお車で福井大学まで送って下さいました。いざリハーサル会場に着いてドアを開けると、一生懸命に練習される団員の皆さんの姿がありました。自分にとってはじめての大学オーケストラ、団員名簿を頂いていたので実は既にほとんど全員のお名前を覚えていて、一緒にはやく音を出したいという気持ちでいっぱいになります。本番のようにリハーサルが楽しみな感覚は久しぶりだったかもしれません。パートリーダーの方々から一言ずつご挨拶を頂く時間、みなさんの幾分緊張した声がとても好ましく思えました。
しかし敢えて私は最初にあまりお話することなく、カリンニコフの一楽章をさっそく通してみることにしました。ご挨拶は棒で!指揮者としてはそれが出来なければなりません。これから十回のリハーサルの中でたくさんのことをお話しするからこそ、今は棒だけで、何の先入観もないままに音楽を作ってみたかった。そして言葉無しでも初対面でも、考えている方向に音楽が立ち上がって行って、半年間勉強し続けた成果が音になっていくのは、言葉にしがたい喜びがありました。こういう幸せを教えて下さった師匠に、そして懸命に食らいついてきてくれる福井大学フィルの皆さんに感謝するばかりです。
一度通すとこの曲はへとへとになってしまいますので、少し休憩を兼ねて、この曲の輪郭やカリンニコフのことについて色々お話させて頂きます。この曲を書いたころのカリンニコフの心境、カリンニコフにとっての「主題」は何であったのか、どこがこの曲のピークであるのか。第一主題・第二主題と分析するよりはむしろ、全てがある一つの「主題」とその「変奏」となって、運命を表すような半音階と闘争する過程として描かれていることを説明しました。ひとことでいえば、展開部において「何」が展開するのか。「弾いていてなんとなく思っていたことが言葉になった!」とチェロの皆さんがあとから声をかけて下さったのがとても嬉しかった。
そのあとは要所ごとに区切ってリハーサル。今回は初回リハーサルであり、また学生オーケストラは毎回私が練習を指揮しにいくことが叶いませんので、皆さんが自分たちで練習するときに出来るだけ見通しがつきやすいように、全体像を共有出来るように説明することを心がけました。と同時に、要所要所のアナリーゼをお伝えしながら、調性の持つ固有の感覚に敏感であること、誰のどの音が和音を変えていくうえで決定的に重要であるのかということにこだわって説明しました。そのことによって、その音・そのフレーズがどこへ向かって行くのか、それぞれのパートにおいていま自分がどういうテンションで演奏すれば良いのか、誰を聞けばいいのかが導き出されるからです。
個別のパートにおいては、弦楽器に対しては音程を当てにいくだけではなく弓の位置・スピード・圧のコントロールに加えて、その「音」にあったヴィブラートを考え、ヴィブラートの中で「次の音を聞く」(ヴィブラートをかける音を弾きながら、次の音をきちんと頭の中で歌う)ことを課題にしました。たとえば勝手に「ボロディンゾーン」と呼んでいるこの曲の一部分において、弓を根元から使うことを意識しただけで、全く違う音が響くのです。また、管楽器においてはフレーズの受け渡しに際してもっとコミュニケーションを取るように、フレーズの処理を丁寧にするようにお願いしました。特に木管楽器は弦楽器との音のブレンドに意識的になること、金管楽器は管体を鳴らしながら発音の最後までしっかりと言い切るように。フレーズの受け渡しというのとフレーズの処理というのは実のところほとんど同じことで、相手の掌に渡す意識があれば丁寧にプレゼントできるはず…。これが出来てはじめて、意味のあるcrescやdimが生成され、長いラインのフレーズが立ち上がるのだと思います。
全体にお願いしたのは、音楽というのは音符・楽器を鳴らす行為ではなく、空間を造形する行為であるということをもっと意識して欲しいということです。いま弾くその音によって、空間を広げて行くのか、空間を締めていくのか。4度上昇を繰り返しながら、カリンニコフ自身「翼を広げるような心地になる」と手紙に書き残した主題を演奏するには、この意識が欠かせません。たとえばこの曲のティンパニはそういう使われ方を特徴的にしているはずで、「空間の造形」ということを今年の福井大学フィル(そして私にとっても)のテーマの一つにして頑張れたらいいなと思っています。書き始めればキリがないほどですが、とにかく三時間の練習があっという間でした。そして合奏が終わってからも、部屋を撤退しなければならない時間ギリギリまで学生指揮者やパートリーダーのみなさんが質問に来て下さったのも嬉しいことで、質問にお答えするなかで私もたくさんの勉強をさせて頂きました。
リハーサル終了後、皆さんが歓迎会を開いて下さったので、福井のお魚と地酒を堪能しつつ、音楽の話で大盛り上がり!朝からハードに練習していて相当お疲れだったでしょうに、そんな雰囲気をまったく見せずにあたたかく歓迎して下さる皆さまに、そして団長の原田さんの粋な計らいに感動しました。
二楽章の星空が…と話しながら、まさか夜が明けるまで飲むことになるとは思いませんでしたが(せっかくホテルをとって頂いたのにほとんど滞在していない笑)こうして誘って頂けるのは嬉しいです。「指揮の先生」と呼ばれるのは身の丈に合わない感じで慣れないのですが、せめてリハーサルが終わってからは一緒に音楽をする仲間の一人として、こういう時間をこれからも過ごす事ができたらいいな。団のパーカーも頂いてありがとう。大切にします。また次回のリハーサルもどうぞよろしく!