フリードリヒ・ゲルンスハイム作曲 交響詩《あるドラマのために(Zu einem Drama)》についてのメモ

ゲルンスハイムは1839年にヴォルムスで生まれ、1916年にベルリンで没したドイツの作曲家である。マインツ、フランクフルト、ライプツィヒで学んだのちパリへ渡り、ラロ、サン=サーンス、ロッシーニらと交流した。その後はザールブリュッケンやケルンで音楽監督などの要職を歴任した。

同世代のマックス・ブルッフとは特に親しく、多数の往復書簡が残されている。また、自身より6歳年長のブラームスを終生敬愛し、とりわけ《ドイツ・レクイエム》を愛好して、自ら何度も指揮した記録が残っている。作風は初期にはシューマンの影響が色濃く見られるが、1868年にブラームスと出会って以降は、その影響がより顕著となった。

ブラームスが《交響曲第1番》を発表する前年の1875年、ゲルンスハイムも《交響曲第1番》を完成・初演しており、両者は同時代を代表するドイツ交響曲作家として並び立つ存在であった。作品には4曲の交響曲をはじめ、交響詩《あるドラマのために》などの管弦楽曲、ピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲などの協奏曲作品がある。さらに5曲の弦楽四重奏曲、3曲のピアノ四重奏曲、4曲のヴァイオリン・ソナタ、3曲のチェロ・ソナタを含む多数の室内楽作品や合唱作品を残している。

しかし父方がユダヤ系であったことから、ナチス政権下では作品の演奏が禁じられ、その名は音楽史からほぼ抹消されることとなった。近年になって交響曲や協奏曲をはじめとする作品の復活演奏や録音が進み、その再評価が進展している。関連資料の多くは生地ヴォルムス市のほか、イスラエル国立図書館に所蔵されている。なお、教え子にはオペラ《ヘンゼルとグレーテル》で知られるエンゲルベルト・フンパーディンクがいる。

ーーーー

交響詩《あるドラマのために Zu einem Drama》は謎に満ちた作品ですが、関連資料として、『新音楽時報』(Die Neue Zeitschrift für Musik)の1912年5月16日号のpp.283-286ページに、この曲の初演を聞いたカール・フックスの記事が掲載されているので、参考までに重要な部分を掲載しておきます。フックスはニーチェと親しかった高名な評論家です。https://archive.org/details/NeueZeitschriftFrMusik1912Jg079/page/n293/mode/2up

 “Zu einem Drama” sagt der Titel andeutend. Es ist natürlich weder ein vorhandenes, noch ein künftiges gewünschtes Drama gemeint; es bleibt dem Hörer überlassen , sich ein literarisches Pendant dazu zu denken.  Von diesem wäre nur soviel gewiss, dass es weder wie eine Schauertragödie mit etlichen dahingestreckten Leichen endigen, noch eine Feier moderner Erotik sein dürfte; es müsste mehr ein Innendrama einer reichen, in Leiden und Schaffen, Entsagen und Erringen reich und stark bewegten Seele sein.

Näher könnte man das Werk etwa als Ouvertüre ä la vie d’un homme serieux bezeichnen, als Vorspiel zu einem Lebensdrama, desseu bewegende Macht der Konflikt zwischen einem hohen, Entsagung fordernden Berufe und dem Begehren nach Menschengiück wäre, wie es nur schwer sich mit solchem Berufe vereint, mehr geglaubt als genossen wird, und nur zeitweise ein Zwischenspiel in dem Leben des höher Begabten, höher hinauf Strebenden bildet, -bis die entscheidende Stunde schlägt, die ihn wieder hinausruft zu neuen Kämpfen, oder endlich einmal’ Lebens- und Berufsglück miteinander vereint und echten Ruhm mit echtem Glück versöhnt.

So ungefähr schrieb ich unter dem frischen Eindruck des Werkes und will es hier nun an der Hand der Partitur beschreiben, um einigermassen eine musikalische Vorstellung davon zu geben, wobei ich ihm dann nur noch mehr solche Dirigenten wünsche wie Fritz Brase, der es in Danzig, und Nikisch, der es in Berlin aufgeführt hat.

(試訳)
「あるドラマに寄せて」――題名はそのように示唆している。 もちろん、ここで意味されているのは、すでに存在する特定の劇作品でもなければ、将来書かれるべき何らかの劇作品でもない。これに対応する文学的な作品やイメージを思い描くかどうかは、聴き手自身に委ねられている。  ただ、その文学的な対応物について一つだけ確実に言えることがある。それは、この作品が何人もの死者が舞台に横たわるような恐怖悲劇として終わるものでもなく、また現代的エロティシズムを称揚する作品でもないということである。  むしろそれは、苦悩と創造、断念と達成によって豊かに彩られ、激しく揺り動かされる一つの魂の内面的なドラマと呼ぶべきものであろう。  

さらに言うならば、この作品は一種の「真摯な人間の人生への序曲」(Ouverture à la vie d’un homme sérieux)と呼ぶことができるかもしれない。すなわち、一つの人生劇への前奏曲である。その人生劇を動かす中心的な力とは、多くの自己犠牲を要求する高い使命と、人間としての幸福を求める願いとの間の葛藤である。そのような幸福は、そのような使命と容易には両立しない。むしろ実際に享受されるものというより、信じられるものとして存在することの方が多い。そしてそれは、より豊かな才能を授かり、より高い理想を目指して上昇し続ける人間の人生においては、ただ一時的な間奏曲として現れるに過ぎない。しかしやがて決定的な時が訪れる。その時は彼を再び新たな闘争へと呼び出すのである。あるいはまた、ついに人生の幸福と使命の幸福とが結びつき、真の栄光と真の幸福とが和解することもある。  私はこの作品から受けた新鮮な感動のもとで、おおよそ以上のようなことを書き留めた。

そして今ここでは、楽譜を手がかりとしてこの作品を説明し、その音楽的な姿をいくらかでも伝えてみたいと思う。そのうえで私はただ、この作品が、ダンツィヒで指揮したフリッツ・ブラーゼや、ベルリンで指揮したニキシュのような優れた指揮者たちによって、今後さらに多く演奏されることを願うばかりである。

(以降、p.284 以降は譜例を含めた解説が続きます)

ーーーー

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です