カリンニコフ研究 Part1(手紙と生涯)

12月に指揮する福井大学フィルハーモニー管弦楽団のメイン曲がカリンニコフの交響曲第1番なので、ここ数ヶ月ずっとカリンニコフを勉強している。楽曲の和声・構成的なアナリーゼはもちろん、カリンニコフ自身の手紙を探したり、正岡子規とカリンニコフの運命的な一致に驚かされたり、頭の中のほとんどがカリンニコフに占められるような日々(友人曰く「ニコ中」)を過ごしている。

夕焼け

夕焼けがとても鮮やかで、ただそれだけのことなのだけど、そのことに感動せずにはいられない。そしてまた、この場が、<ただそれだけのこと>に驚きを持って綴れるような場所でありたいと思う。神と共に、幸せもきっと小さきところに宿る。

 

吉行淳之介の魅力

小さい頃から吉行淳之介の作品が好きだった。「砂の上の植物群」「夕暮れまで」「闇の中の祝祭」などなど。陰りを帯びた世界の中で描かれる独特の危うさが好きだった。吉行淳之介を読んでみよう、と思い立ったのは、原田宗典氏の『おまえは世界の王様か』の中で、20歳ごろの原田宗典が吉行淳之介の『技巧的生活』の冒頭の文章に痺れたというエピソードに触れてからだったように思う。引用されているのはこんな文章だ。

指揮を教えるということ

昨夜の指揮レッスンはとてもメモリアルな一日となった。亡き師より仰せつかり1から教えさせて頂いたお弟子さんが、初級課程を2年間かけてついに修了したのだ。折しもその日は私の28歳の誕生日。初級課程の最後の課題としていたギロック「叙情組曲集」を振り終えたあと、彼女は唐突に3拍子を振り始め、サプライズでハッピーバースデーを演奏してくれた。少し照れくさそうな表情でハッピーバースデーを指揮してくれる彼女を見ながら、今日この日まで彼女が音楽を好きでいてくれて良かったと心から思った。なぜならば、それこそが亡き師が私に教えて下さったものであったからだ。

三冊をめぐって

あるインタビューでおすすめの本を三冊紹介してほしい、ということだったので、かなり悩んだ末に、コクトー『僕自身あるいは困難な存在』(La Difficulté d’être)と、リルケ『マルテの手記」(Die Aufzeichnungen des Malte Laurids Brigge)と立花隆『青春漂流』の三冊を挙げました。

日刊マニラ新聞社さま「ナビマニラ」に掲載頂きました。

2015年2月のマニラ交響楽団&ワールドシップオーケストラ&トンド・チェンバーオーケストラとの演奏について、以下のページに掲載頂いておりました。ツアー最終日のRizal Parkでの演奏になります。素敵な写真と共にご紹介頂いておりますので、どうぞご覧下さいませ。また9月にここで指揮させて頂くのが楽しみです。

http://navimanila.com/…/japane…/1337-wso-band-in-luneta.html

弔辞、あるいは出発のクレド

ご遺族の方々のご承諾を頂きまして、我が師・村方千之を「偲ぶ会」(2015年4月29日、於:京王プラザホテル)にて読ませて頂いた「弔辞」をここに掲載させて頂きます。

村方先生がレッスンしていらっしゃった50年間の歴史を考えれば、全くの若輩者に過ぎない私が弔辞を読ませて頂いて良いのかどうか、最後まで悩みましたが、そこで生身の人間が声にして読むという、私の最後の「演奏」を先生に聞いて頂きたいという思いでこの文章を執筆させて頂きました。先生の足跡を少しでも多くの方に知って頂けたら幸いです。

三本の指揮棒

フィリピンのマニラ・セブと巡って一ヶ月続いたコンサートツアーが終わったあと、セブ島にあるSeven Spirit音楽教室の子ども達に、僕の使っている指揮棒を三本渡した。最初から渡すつもりでいたわけではないのだけれども、二月に訪れた時に指揮を教えた子どもと、今回の指揮者体験コーナーで見事な指揮を披露してくれた子たちにせがまれて譲ってしまった。